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112:バルセロナのピソ
Date: 2004-11-08 (Mon)
この8月から旧市街のピソを借りました。ある都市に住むときには、その都市で最も典型的な場所に住むのが良かろうと思い、部屋探しはバルセロナの幾つかの地区、特にエンサンチェと呼ばれている拡張地域(セルダのグリッド状のところ)を主に探しをしていたのですが、最終的に住むことになったのは、たまたま同僚の方と訪れた不動産を通して見つけたバルセロナの旧市街にある物件。日照条件などに不安があったものの、ともかくそこに住み始めました。 ピカソ美術館から徒歩3分ぐらいのところ、3mあるかないかの小さな路地に面した間口3.50m、奥行き17m、天井高2.80−3.00mの細長い間取りのピソ。路地側から、LD−K−S−Bとなっていて、廊下の突き当たりには大きな鏡があるので、奥行きはさらに倍に感じられます。南北方向の路地に面した扉からは向かいの建物の壁と扉が見えるだけ、日中の日差しが部屋に入りこむことはほとんどなく、路地に張り出したバルコニーに日差しが落ちるのがせいぜい1時間もないぐらい。果たしてそれで「健康的な生活」ができるものか、と最初は不安だったのですが、これまでも住人がいたはずだし、そもそもここでの日常は朝から晩まで事務所に出ずっぱりなので、日中の日差しが必要なのは週末と洗濯を干しているときぐらい。なので、実のところこれまで不自由さを感じていません。この建物の築年数はまだ調べてないのですが、19世紀の地図などにも載っているので、100年は超えているようです。リフォームが行き届いているため、内部にいると建物古さは全くわかりません。リノベーション、というのが巷では話題になっているようですが、ここバルセロナの都市においてそれはあまりにも当たり前の行為。地震があるのとないのとでは当然建物の耐用年数は異なるのでしょうけれど、日本だったら重要文化財にでもなっていそうな建物も、こちらでは人々は日常的に問題なく使いこなしています。スケルトンがしっかりしている、とはこのようなことか、と実感するところです。
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111:バルセロナより
Date: 2004-10-07 (Thu)
長い間留守にしてしまっておりました。 何度も「お経コンサート」というタイトルに「またか!」と思わせてしまったこと多々あったと思います。 大変失礼致しました。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、現在、仕事の関係でスペイン在住中です。 「間取人」がはじまってから、マドリッド→ヒホン→東京→ロッテルダム→東京→(短いけれど)ロンドン→東京→バルセロナと、2年以上ひとつところにいない生活が続いています。数年前に「スペインに行く」という理由で結婚をした人はさぞかし大変な迷惑を被っているのではないかと想像してしまいますが、そんなことはお構いなしに(?)ただ目の前にある仕事をしていたらこのような経路を辿ってしまいました。次はどの都市へ?というのは今は考えないことにして、暫くはバルセロナの都市に漬かってみようと思っています。
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110:お経コンサート
Date: 2003-03-17 (Mon)
スパイラルが毎年企画をしている「お坊さんによるお経のコンサート」に行ってきました。 かつて奈良の二月堂で「お水取り」の儀式を朝まで見たときに感じた日本の宗教儀式の面白さをある意味で追体験できるかもしれない、という期待のもとに観たのですが、その期待感は残念ながら達成されず。 というのも、宗教的な儀式から場所を取り除いてパフォーマンスのみを音響設備の整った会場で演じることにやはり無理があるように思えました。儀式には儀式のための場が用意される必要はあるんじゃないか、と。演じている彼らは場所の違いこそあれ普段と同じように演じていたのかもしれないけれど、儀式において向き合っている相手があちらの世界ではなく、観客という彼らにとっては俗人である我々に向けられて演じられていたことが、そもそも儀式の図式として間違っているんじゃないか、と思ったのです。彼らの発する声やリズムはなかなか面白いものだったし興味深いものでしたけれど、儀式の図式に対する違和感が最初から最後まで拭えず、どこか納得いかなかった気分にさせられたパフォーマンスでした。
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109:パリ18時間
Date: 2003-03-17 (Mon)
スイス→スペイン出張の帰り、トランジットついでにパリに寄る。夜遅く凱旋門に到着の後、パリ在住の建築関係の方々と夕食、その後松田達氏の部屋にて朝までトーク。3時間睡眠の後、クロワッサンの朝食、昼前に部屋を出てポンピドゥの2つの企画展と常設展を観、軽いランチの後駆け足で空港へ。パリでの滞在時間はほんの18時間でした。
バーゼルで会った木村浩之氏からバルトの展覧会をやっているとの情報を得ていたこともあったのですが、久々にポンピドゥ・センターに足を運ぶ。
ロラン・バルトの展覧会、作家についての展覧会はポンピドゥ・センター始まって以来初めてとか。バルトによって書かれたメモやノートだけではなく、彼自信によって描かれた絵、同時代に彼を取り巻いていた様々な絵画や写真、音楽や映像などによって展示は構成されていました。印象的だったのは、晩年彼がサナトリウムにいたときに書かれた2000枚近くにも及ぶメモ。通常一つの書物としてハンディなサイズに重層されて収まっているのが常である言葉が、一枚の壁として高さ3メートル幅12メートルほどにいっぱいに広げられ、空間的な広がりをもって見る者に迫ってくる、そのような展示となっていました。フランス語を読めないなりに解釈してみたところ、それはひとつの辞書をつくろうとしていた試みの断片だったようにも思えました。それともうひとつ、『表徴の帝国』にまつわるブースがあったのですが、白い石が敷き詰められた小さな空間には、書物にも収められているバルト自身による手書きの地図などが展示されていたりして、感慨深いものがありました。 活字となった言葉ではなく、彼の身体から万年筆によって直接紙に書かれた言葉を、内容としてではなくイメージとして見ることができた経験は、そのままバルトが日本に滞在した際に日本語や日本文化を内容としてではなく、イメージとして表徴として解釈した彼の経験と似たようなものとなっていたのかもしれない、などと思いを馳せてしまいました。勿論フランス語が理解でたらきっと100倍は楽しめただろうけれど、そうでなくとも、あるいは、そうでなかったが故に、いろいろと想像力(バルト的想像力?)を働かせることのできた展覧会でした。
一方のスタルクの展覧会。これまでの作品が一同に展示されていると期待して会場に入ってみた瞬間眼に入ってきたのはカーテンで囲まれた円形の会場に均等に配置された11個の縦置きのモニタと、その下で喋っている11人のリアルなスタルク。人々は喋るスタルクの前に置かれた椅子に座って、学校の授業の如く彼の講義(それぞれのプロジェクトの解説だったりします)に釘付けになっていました。スタルクの展覧会であればこそ、いろんなオブジェで眼を楽しませてくれるだろうと期待していたのですが、そんな怠けた人々の期待感をことごとく裏切ってくれた、そういう意味では極めて斬新な展示となっていました。さらに今回のカタログのタイトルは「エクリ」。展覧会同様イメージのない言葉だけの書物となっています。 図らずも言葉の人バルトはイメージによって、イメージの人スタルクは言葉によって、極めて対称的な展示をしていたことが非常に印象に残ったポンピドゥ・センターの展覧会でした。
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108:世田谷文学賞授賞式
Date: 2003-02-17 (Mon)
2月15日、世田谷文学賞の授賞式に行ってきました。 懇談会の席にて、小説部門の選考委員である芥川賞作家をして「観念が暴力的に迫ってくる」と言わしめた三好陽子の「あの室(へや)」という短編小説。誌面上での評価は次のようなものでした。
「・・・身近な日常性と知的ソフィスティケーションをないまぜにした手腕は、なかなかのものと感じいらされた。」(佐伯彰一) 「・・・構想の秀逸、作品そのもののテンションが抜群に高い点で、これを第一席に置かざるを得なかった。・・・」(青山光二) 「意欲的な実験小説である。メタ小説、つまり「小説についての小説」という仕掛けがあって、作品の核となる架空の小説は最後まで登場せず、代理人と称する謎の女性と、語り手の女性編集者のやりとりだけが描かれる。構想は魅力的・・・志の高さを評価したい。」(三田誠広)
ご覧になりたい方は「文芸せたがや」に掲載されましたので世田谷の区政情報センターや区立図書館で閲覧なり購入なりしてみて下さい。
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107:マース・カニングハム
Date: 2002-12-31 (Tue)
銀座エルメスの10階にあるミニシアターにて、シネマテーク・フランセ―ズ付属ダンス・シネマテークがメゾンエルメスに提供するプログラムを鑑賞。第二回に当たる今回はマース・カニングハムのフィルムなどショート3本。1961年製作のカニングハムのフィルムは今となってはやはり古さを否めない。コレオグラフしかり、映像しかり。とはいえ「カルテット」と題するこのフィルムには若かりし日のジョン・ケージやデヴィッド・チューダーがともに演奏している姿もあり必見です。
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106:バルセロナの街
Date: 2002-12-31 (Tue)
街は既にクリスマスの準備のための出店などで多くの人々で賑っていました。ランブラスという市内の目抜き通りはキオスクや花屋などがあるかと思えば唐突にアヒルや孔雀などのいるペットショップやチャップリンやチェ・ゲバラに扮した大道芸人などが現れたりして、一人で歩いていてもつい笑ってしまうそんな通りです。この通りの中央ぐらいの西側にはバルセロナで僕が最も好きな場所のひとつであるサンジュゼップ市場があります。ここに住んでいればいろんな食材を試してみたくなる、そんな料理欲をそそる色と香りに満ちた新鮮食材満載の場所。現地に住む人々がどんな生活をしているのかを知るには、市場を見るとかなりダイレクトに伝わってくるものです。 鮮度といえば、鮮度が高いからこそ足しげく通ってしまうのが古本街の醍醐味だったりするわけですが、その点でバルセロナの古本屋はいまひとつ。古い使えなさそうな本が埃をかぶって並んでいるばかりで購入したいと思わせるようなものは残念ながらありませんでした。需要がないのか、それとも僕が入った店がたまたまそうだったのか、その辺は不明ですけれど。
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105:バルセロナの建築
Date: 2002-12-31 (Tue)
一仕事終えた後は市内散策。ガウディのカサ・ミラは内部を見学できるだけではなく、ガウディの博物館になっていて錘のついた放物曲面の実験模型や構造分析をしたCGなど、模型やビデオによって多角的にガウディを俯瞰することができます。カサ・ミラの屋上からはサグラダ・ファミリアとヌーベルのタワーを望めるのですが、サグラダ・ファミリアが細い塔が集合してひとつのまとまりをつくっているのに対し、ヌーベルのタワー(3分の1ぐらい建ち上がっています)は極めてマッシブでモノリシック。アラベスク的な表面これまでの超高層では見たことのない存在感を生み出すのかもしれません。磯崎さんのカイシャ・エントランスホールは、スペインでは他に見ることができないぐらいの高い施工精度に驚く。ミースのバルセロナ・パビリオンは抽象性もさることながらあの贅沢な物質の使い方によってこそ空間に強度が出ているように感じる。あれが全てスタッコ仕上げだったら話は全然違っていたのかもしれないと思うと、あらためてマテリアルの重要性を知る。
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104:バルセロナの人々
Date: 2002-12-31 (Tue)
12月10日から3泊でバルセロナ出張。格安航空券による最短日数の滞在でした。そんな短い時間にもかかわらず、いろいろな方々に会う。以前スペインに滞在していた際に結局会うことのなかったアクタールに勤めるサカモトさんと(半分)ミラーレス事務所の福田さん、カタラン地方で唯一建築家登録しているという鈴木裕一さんなど建築関係の方々、それからバルセロナ現代美術館では偶然にもサーペンタイン・ギャラリーのディレクターに、そして最後の晩にはアリカンテにレクチャーに来ていた妹島さん、小嶋さん、城戸崎さんらと食事をご一緒する。 どういうわけか最後の日の朝に建築家お三方の買い物に付き合うことになったのですが、印象的だったのは妹島さんが手に取った服をショップの窓際まで持っていき外光で服のテクスチャーを確認していたこと。建物のマテリアルであればよくやることですけれども、服選びのときも同じような行為をしていたことに関心する。
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103:宣伝
Date: 2002-12-31 (Tue)
下の小説、2月20日に世田谷文学館より出版される「文芸せたがや」に掲載になるそうです。区内の図書館などで閲覧できるとのこと。
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