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178Lina Bo Bardi
Date: 2007-06-11 (lunes)

すっかり足が遠のいてました。一昨年の夏より秋葉原におります。
ほぼ2年になる東京生活もようやく落ち着いたかなというところ、徐々に活動の枠を広げて行ければと思います。

・・

土曜、閉館間際のシザ展へ。
Ibere Camargo美術館はLina bo BardiのSESCレジャーセンターを想起させる。長い手でホールドするイベレカマルゴと、二棟がシェイクハンズするSESC。
パネルと模型のスタンダードな展示だったが、個人的に久しぶりの展覧会がシザ展で良かったと思う。パーティションのジョイント部もさり気なくて○。


インテリアがどうなっているのか気になって写真を探すも見つからず



http://www.iberecamargo.org.br/content/novasede/perfil.asp






177ポンピドゥー・センター
Date: 2005-07-11 (lunes)

ついに実物をと、Ta2氏の家から徒歩でのらりくらり。街並みを鑑賞しながらポンピドゥーを目指す。セーヌ川が現れると同時に視界が開ける。街に川を抱くというのは、豊かなことです。ポンピドゥーには日曜日だったこともあり、無料で入館。初めて雑誌でポンピドゥーを見たとき、「ハイテク」と呼ばれながら既に歴史と化していることに違和感を持ったものですが、こうして実物を目の前にすると、たしかに「ハイテク」な建築だとしか言いようがない。個人的には三代目魚武濱田成夫がパフォーマンスした広場...の美術館という風に記憶している(わー)。

一人広場でピザパンにかじりつきながら、しばらくのあいだポンピドゥーを眺める。見れば見るほど異様なプラント工場みたいで、建設を巡って市民との間に論争が起きたというのも頷けます。構造や設備系統の配管、ダクト、サッシなど、近代建築がひた隠しにしたものをもって意匠としたことは周知の事実だけども、部分的に見れば、パリに多いゴシックとの構造上の類似点を挙げられなくもない。つまりは、パリの文脈も押さえたプロジェクトであるということか。数あるダクトのなかにイミテーションが混じっているのかどうか、少し気になる。

それはともかく、建物全体に疲れきっているような雰囲気があるのですが、これは後に達サンから説明を聞き納得しました。建物をぐるりと一周してみると分かるのですが、階段などの入り口はあるのに、何年来のホコリを被ったまま閉鎖されている場所が目に付くのです。どうやら現在は他方向からのアクセスはセキュリティ上、かなり制約されているのだとか。当時にあって前衛過ぎた建築は、今もって全機能はしていないわけです。

展示されているものをゆっくり見学していると、ヌーベルによる東京オペラ座コンペ案の模型が展示されていて、ちょっと興奮。時折、常設の展示も変わるとのことです。


夜、サン・マルタン付近の韓国レストランで伊東事務所の高塚さん、ヌーベル事務所に勤める奈織さん、日本画家の釘町さん、ラカトン・ヴァッサル事務所に勤める長島さん、達サンと待ち合わせ、焼肉。こちらの現場の話などをお聞きする。夕食後、運河付近の店にて残った高塚さん、長島さん、達サン、僕の4人でワインを2本。なぜ建築を志したのかという質問は、聞いているとその人の現在に繋がる歴史が見えてくる。

のち、Ta2氏の家に帰宅後、さらにワインを空ける。アメリカと日本には世界のヘゲモニーを巡って戦略があるのではないか、という話から、日本の歴史へ、昨夜の労働体制への話にも繋がる。僕が驚くのは、Ta2氏の話は、収束する方向が常に安定しているということである。それはつまり、各分野の話をどう建築に接続するかという部分がしっかりしているというか、同時にこちらが言葉にならない事柄を一つ一つ拾い上げ、言葉にしてしまうところです。・・この日もやはり気づかない間に眠りに落ちる。石畳のビーサン歩きは、体の芯から疲れます。

眠り際に見たのは、真剣に書き物にむかうTa2氏。


1767月2日
Date: 2005-07-10 (domingo)

マドリッド・バラハス空港で、チケットカウンターが2度変更になったことと、出航ゲートが3度変更になったこと、離陸前の機内で1時間待たされたことを除けば、問題なくフランスの地を踏むことができた。4年以上も隣国にいて、初めてのフランス入り(乗換えなどでは幾度もありましたが)。久しぶりの言葉が通じない、右も左も分からない土地。

シャルル・ド・ゴール、1番ターミナルが徐々に近づいてくる。風貌はたしかに宇宙船みたいに見えなくもないが、カッコいい。あまり評判の良くない内部のエスカレーター・チューブも自分で通ってみないことには分からなかったけれど、たしかにここの空港の動線は分かり難いかも知れません。*ちなみに、現在は大きなサインが各ポイントに設置してあるため、迷うことはないと思われます。空港から鉄道までの移動も、やはり少し分かり難い。空港から市内に向かう電車から見える電線、切妻型の家々は、どことなく日本の景色を彷彿させる。市内に近づき、停車する駅が増えてくる。乗客は何気ない顔で、停車直前の、スピードを引きずったままの電車の扉を開け、降りていく。

ルクセンブルク駅、マクドナルド前でTa2氏と待ち合わせ。荷物持ちを手伝おうと手ぶらで登場したTa2氏、あまりにも軽装な僕を見て拍子が抜けた様子。Ta2氏の部屋に到着すると同時に、あまり時間はないけれどもとりあえず、と乾杯。もうかれこれ2年半ぶりの再会。軽く互いの近況を話し、その後、Ta2氏のページに記述されている、桑田光平さん、渡辺佐和子さん、細山さんとともに、タイレストランにて夕食。てっきりパリに来たらフランス料理(がなんなのかよく分からないけども)を食べることになると思っていましたが、日常的にこうした○○料理を食べている様子。マドリッドより格段にバリエーションがある。

食事のあと、Ta2氏の部屋にて朝まで歓談。日本の建築アトリエ体系と戦時下日本の体系の奇妙な一致、相互監視のもと何処にもないルールが発生するという指摘から、そのことがもつ危険な面など。途中、前日の睡眠不足がたたって突然眠りに落ちてしまいました。旅行初日から実に濃密な時を過ごし、頭を使いすぎたせいかも知れません(汗)。


1755月14日
Date: 2005-05-22 (domingo)

所用にて日本へ1週間ほど帰国。
スペインに戻るその足で、キリンプラザで開催され始めた宮本佳明展 巨大建築模型ミュージアムへ、閉館まぎわに駆け込む。スタイロフォームによって作られたゼンカイハウスの鉄骨模型は、暗がりにあって量感がなく、一際そのデカさが目立っている。阪神間+東京の巨大な地形模型を眺めながら大学4年の夏を思い出し、しばし感慨にふける。巨大な模型に対してノスタルジックになっていたのだが、そのときたしかに模型も環境の一部と化していた。


1745月5日
Date: 2005-05-22 (domingo)

COAMによる建築家のバイオグラフィ・シリーズであるMONOESPACIO、4回目となるこのたび、
めでたくボスに白羽の矢が当たりました。提出直前のプロジェクトと同時進行での編集作業でしたが、何とか無事に終了。本に関しては、おおむね好意的な感想で一安心です。当日のオープニングレセプションに来て下さった方々、どうも有難うございました。


1735月1日
Date: 2005-05-22 (domingo)

Nuevos Ministeriosにて開催中のEMBT展。あいかわらず模型は木製かつ巨大で、数が多い。機能を盾に論陣をはる建築家には耐えられない建築かもしれないけれど、ここまで好き嫌いのはっきり分かれる建築家も珍しい。彼(ミラージェス)の描く奔放な線がそのまま建築として建ち現れたとき、分節や機能や部分といった建築を構成する要素は影を潜める。



ちなみに展示空間はヘスス・アパリシオによる改修。



生々しい切断面が至るところで見られる。
写真は階段部分。



こちらは近くにある、先日炎上したウィンザービル。
一時は都市の記憶としてそのまま残すという意見もあったようですが、
火事に至った原因も未だに不明のまま、解体派が圧倒的多数を占め、
現在、解体工事中です。


1724月29日
Date: 2005-05-17 (martes)

昨年10月に提出したムルシア地方の市役所コンペ、市の諸事情から一向に審査される気配がなく、このまま流れるだろうと所内にも諦めムードが漂っていたところ、突然の結果発表。次点でした。僕自身初めて入選気分を味わうので2位と聞いてもあまりピンとこなかったのですが、3位以下の顔触れを眺めると実感がわきました。同時に、自分が推し進めた計画案で喜びも一入のはず...なのですが、あまり満足のいくものではなかっただけに、少し複雑な気分で入賞の報せを聞く。仕事ののち同僚のハイジと冷えたビールで祝杯し、続々やってくる友人たちとボードゲーム専用のバルにて、さらに祝杯(2位)。朝まで過ごす毎度のパターンで鳥が鳴く頃ベッドにバターン。


1714月10日
Date: 2005-04-13 (miércoles)

家の付近を散歩をしていたところある建物と遭遇。ミゲル・フィサックによる設計には違いないのですが、コンクリートでできているという以外に彼のデザインに見られる特徴がない。不思議に思いつつ四方を見学していたところ、だらりとパラペットが垂れ下がっているのを発見。純粋な立方体の、この一辺のみ。敷地のどこを見渡しても背後が支えており、このような写真になってしまいました。





170ホルヘ・オテイサ
Date: 2005-04-04 (lunes)

先週末、雨模様のなか、レイナ・ソフィア美術館、一部開館しているヌーベル棟にて開催中のホルヘ・オテイサのエクスポジションへ。展示スペースは中一階を挟んだ2階、1階のみの開放となっていますが、双方ともに随分と間延びした天井高で、ゆったりと取られた上部スペースは宙浮らり状態。

オテイサ初期の彫刻作品に、モダニズム建築家、オイサと共同で作り上げた教会における聖人像があります。抽象性にいつも魅かれてしまうこの像、建築全体もこんな感じで、かなり気持ち良いランドスケープの中に建ってます。スペインの中でもかなりお勧めの建築といえるかも知れません。

オテイサ自身の作品は年代ごとに作風が異なり、塊から面へ移行するその過渡期の作品群を見れたのは収穫でした。このように色々。彼のスケッチなどを目の当たりにすると、その造形は決して偶然やひらめきによるものではなく、あくまで入念にスタディされているものだと分かります。単純化されたボリュームの扱いは時にデコンを想起させるけれど、どの面から見ても形の異なる単純な塊や箱がいくつも提示され、よく見ると一つとして似たものがない。彼のアトリエの本棚と思われる写真が大きく展示され、棚にびっしりと置かれた大小入り混じった彼の彫刻、その風景は、ともすれば建築アトリエのようでもある。

塊の作品群に限って言えば、その一つ一つはエッジの効いた造形なのですが、全体として見たとき、何故だか柔らかいものに見えるのです。空虚を身にまとうといわれるオテイサ作品の所以でしょうか、時には深い影を彫りこまれ、写真で見ると鉄、もしくは鋼だとばかり思っていたものが、実は研磨された色艶のある大理石だったりと、マテリアルに関しても裏切りのたくさんある展示会でした。5月末まで開催。


169セマナ・サンタ
Date: 2005-03-27 (domingo)

聖週間によって週末は連休でしたが、諸事情により何処にも行けず終いで、結局、部屋の荷物整理、データのバックアップなどに連日時間をあてる。26日も夜が更けてから、友人のイグナシオとエリサが計画したディスコ・バーのフィエスタに出席。先週オープンしたばかりというが、大勢の人で賑わっている。1階内装のみのこのプロジェクトは、現存する不規則な構造を剥き出しに、部屋同士が繋がる。壁に穿たれた開口の大きさに応じて、諸機能を壁面に押し込み、ダンスホール?を大きく確保する試み。ランダムで重厚な壁の開口に注意を奪われ、内部のレベル差を忘れてしまうような空間構成でした。どうしても基調が白にならざるを得ない仕上げに関しては、考えさせられる。彼らの説明を受けながら店内を回ったあとは、友人達と朝まで談話。


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